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安男と母が同時に歓喜の声を上げたのは、青空を背にしたその白亜の病院が、まったく天国の城郭に見えたからだった】2人を出迎えた天才外科医・曽我は、「もうおふくろの心臓は止まらない」と安男に答える。
【そう思わなければファイトは湧かん。
ファイト、ファイト。
ともかく全力は尽くす】曽我のモデルこそ、「心臓外科医にはガッツと、ボクサーのような反射神経が必要」と笑う「患者本位でなくて、自分たち本位。
驚きましたよ、まるで浦島太郎だった。
土日は手術をやらない、麻酔科は働かない。
アメリカでは、患者さんがいるときにはいつでも医療を施すのが医者であると学びましたし、それが正しいと思う。
インフォームド・コンセントも当然のこと。
それが、日本ではちがった」長男のK田俊忠理事長はいう。
心停止寸前のショック状態で運ばれた患者を、房総半島の端から都会の大病院に移送するのは、不可能だった。
次男のK副理事長は心臓外科を専攻し、心臓外科をはじめるなら「日本一のクオリティを」という思いをつのらせていた。
S山医師はK義塾大学医学部出身で、ニューヨーク州のバッファロー大学で研修中の夏休み、米国立衛生研究所の医師による心臓外科手術を目のあたりにした。
「日本でみた手術とあまりにちがう。
こんなに医療のレベルがちがうのを放っておいていいのかと、ショックを受けましたね」その後、中西部のカンザス大学で一般外科、胸部外科を修め、フロリダに移った。
狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患が多いアメリカで、つまった冠動脈の代わりに別の静脈や動脈をつなぐ冠動脈バイパス手術を2000例以上手がけた。
実はその間、日本の国立大学病院に招かれて帰国したものの、2年でフロリダへ引きあげた。
このS山医師が日本に持ちこんだともいえる冠動脈バイパス手術は、83年当時死亡率が平均10%もあった。
それが、K田なら1%以下、限りなくゼロに近い。
とはいえ最近は、平均4%ほどに全体のレベルが上がり、たしかな病院なら死亡率は1%になっている。
「差が縮まったのは喜ばしいが、さてそれでは死亡率だけで評価していいのか。
患者さんのQO(生活の質)を高める手術という点では、まだまだ差がある」たとえば、狭心症や心筋梗塞に対する冠動脈バイパス手術は、長持ちするように患者本人の動脈だけを使ってバイパスすることを基本にし、脳梗塞を経験した患者や高齢者には人工心肺を使わないですむよう、心臓を動かしたままの手術も手がけている。
弁膜症の手術では、認可されたばかりのステントレス生体弁をいち早く導入した。
ブタの心臓を加工したものである。
従来の人工弁は血のかたまり(血栓)ができやすくなるので、抗凝固剤を飲みつづけなければならない。
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